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こんにゃく問答

VOL 24 札束だった“こんにゃくすだれ”

こんにゃくが機械生産されるまでは当然、手づくりで荒粉が作られていました。

掘り取ったこんにゃく芋は、6ミリほどの厚さにスライスされ1メートルほどの長さの篠竹に数センチ間隔で串刺しにされ、ずらっと輪切りのイモが風通しのいい軒先にぶら下げられていました。今でも見られる干柿のような風景で、こんにゃくの串刺しの篠竹を連ねていくと丁度すだれのようになり、これを“連”といい天日干しする場所を“連場”と呼んでこんにゃくを冬の乾燥した空気にさらし、それを荒粉にしたのです。

こんにゃくの産地、下仁田や南牧では冬の風物詩で農家の軒先や庭先につるされ、こんにゃくすだれだらけでした。この頃、こんにゃくは食用だけではなく工業用にも使われ、需要が多く価格が高騰したため農家では寝る間を惜しんで荒粉づくりに精を出し“こんにゃくすだれ”は“札束のなるすだれ”に見えたのだそうです。すごいですね。

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