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こんにゃく問答

VOL 26 黄門様は「こんにゃく」が嫌い?

日本のこんにゃく栽培の起源はどこの地域からか、はっきりしていないのだそうです。

こんにゃくイモの全国生産の9割ちかくを占める群馬県も昭和になってからです。その群馬とくらべると茨城県のほうが産地としては古く、江戸中期、八代将軍徳川吉宗のとき幕府は全国の農産物や動植物を中心にした産物調査(1735~1739)をし、各藩に報告書を全国20地域から出させていますが、この頃には江戸後期にこんにゃく産地として名を馳せた水戸藩は、こんにゃく栽培をしていた形跡がないのだそうです。

水戸藩でこんにゃくの記録が出てくるのは1770年(明和7年)で、江戸に「蒟蒻玉会所」を設置し販売所を設けています。

水戸黄門様の隠居後の記録「日乗上人日記」には、日々の食膳メニューが記載されているのですが1698年9月13日の献立に「こんにゃく」が記述されているくらいだそうで、黄門様はこんにゃくが嫌いだったのでしょうか。

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