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TOP > 2019年度のコラム・こんにゃく問答

VOL 48 「百珍本」がもたらした食革命

こんにゃくと世界

人口100万人の新興都市・江戸の料理文化が大盛況となるのは天明(1772~89)の頃で、天ぷら握り鮨、蒲焼き、鍋料理、どんぶり物など現在でも代表的な日本食はこの頃に生まれた料理です。料理本も一大ブームとなり、今でいう“レシピ本”が次々と刊行され、天明2年(1782)に出版された「豆腐百珍」が大ベストセラーとなっています。その後百種の珍しい料理という意味の百珍本が次々と刊行され、鯛百珍、玉子百珍、海鰻百珍等々が人気でした。

弘化3年(1846)、「蒟蒻百珍」が出版され、簡単に美味しい料理が作れると評判になり、「どじょうもどき」料理では「こんにゃくを細長く切り、ごま油で揚げ、ごぼうのささがきを加えて炒めてから、味噌汁に入れる」と現代のクックパッドのようです。こんにゃく料理でも百種を収めるこれらの百珍本は、上方からの「下りもの文化」を吸収しながら、江戸前の文化が芽生え、現代に継承されていることを思うと喜ばしい限りです。

VOL 47 「こんにゃく」の面目躍如!

こんにゃくと世界

「こんにゃく」には、“いじられ”る言葉が多いのですが、昔は高級食品でした。

中国の明の時代に出た薬学書「本草綱目」には、「できもの、のどのかわき、尿が出ない病気、呼吸器病等が、こんにゃくを多量に食べると治る」とあります。又、日本でも絵入りの百科事典「和漢三才絵図」には、「こんにゃくは腹中の土砂を下ろし、男子最も益ありと、そのよるを知らずといえどもさい病(呼吸器病)を治すさいあり」とあります。
江戸の本草学者、貝原益軒も「養生訓」で、「和漢三才絵図」の文章を引用し、こんにゃくの効用を説いています。
織田信長の時代の名医・曲直瀬道三の著にも同じことが書かれています。
鎌倉時代の高野山文書には、こんにゃくは仏様の供物にしたという記録もあり、室町時代には「糟鶏」といって高級食品として間食として食べられていたとあります。こんにゃくの面目躍如たる時代でした。

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